研究活動研究者インタビュー:野原 尚美

  • 野原 尚美Naomi Nohara
    リハビリテーション学科視機能療法専攻

昨今のコロナ禍においては、デジタルデバイスを使用したリモートワーク・遠隔授業が推奨され、それに伴い医療現場や学校現場で患者や学生から眼精疲労等の眼の不調に関する愁訴を耳にすることが増えてきた。但し、コロナ禍以前においてもデジタルデバイスは既に我々の日常生活と密接不可分なツールとなっており、令和元年度総務省情報通信白書によると、主要なデジタルデバイスであるスマートフォン・パソコン・タブレット型端末の世帯保有率はそれぞれ79.2 %・76.0 %・40.1 %、スマートフォンに関して言えば、調査が開始された2010年度からの9年間で約27倍に急増している。2020年春からは、内閣府が提唱するSociety 5.0を実現可能な新しい通信規格である第5世代移動通信方式(5G)の商用サービスもスタートしており、故に新型コロナウイルス感染拡大収束の如何を問わず、益々我々のデジタルデバイス使用頻度は上昇し、その情報を受け取る視機能への負担が増大することは想像に容易い。そのような背景から近年、視機能療法学や眼科学関連の学術雑誌では、「デジタルデバイスと視機能」に関連した特集が組まれることが度々ある。特集の中でデジタルデバイスによる視機能の不調として報告されるのは、長時間の近業による眼のピント合わせ機能の障害(調節障害)、両眼の視線の方向が不一致となる斜視、近視化など多様だが、それらの報告に広く引用されるのが当専攻の野原尚美教授らの研究報告【携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討.あたらしい眼科 32(1), 163-166, 2015】である。

今回は野原教授に上述の研究と研究に取り組むきっかけについて伺った。


スマートフォンの使用距離は書籍読書時よりも短い?

スマートフォンの使用距離についての研究を始めた経緯を教えて下さい。
スマートフォンはインターネット接続によって、ウェブサイトを何時でも何処でも閲覧できるため、多くの人が常時、小さな画面を長時間見つづけ、しかもその視距離は非常に短いと言われるようになっているにも関わらず、国内には、それを裏付けるような客観的なデータがなかったためです。
研究から明らかになったことを教えて下さい。

研究結果から、平均年齢20歳を対象とした場合のスマートフォンの使用距離は教科書や文庫本などの書籍読書時よりも短く、特に文字が小さいウェブサイトを見ている時は、19.3±5.0cmと非常に短い視距離であることが明らかになりました【下図】。これは、書籍を読書するよりもスマートフォンの使用の方が視機能に負荷をかけていることを示唆しています。


図説:左側縦軸に視距離(使用距離)、右側縦軸に横軸に視距離から理論的に算出される調節力(diopter; D)、横軸に使用媒体とその条件を示している。調節力(D)は眼のピント合わせに必要な力を表す。
④スマートフォン通常文字での閲覧は平均19.3cmであり、書籍読書時やその他の条件よりも、統計学的有意に視距離が短かった。

今後の研究の展開について教えて下さい。
現在は教育現場で普及が進んでいるタブレット端末の使用距離や、スマートフォンの文字のサイズの大きさと使用距離の関係性、使用距離と調節反応の関係性などの検討を当専攻の学生と一緒に進めています。これらの研究から視機能への負荷が少なく、健康な視機能の維持が可能なデジタルデバイスの使用距離、使用方法を明らかにしたいと考えています。


デジタルデバイスと調節力の関連の研究メンバー(当専攻学生有志)2019年9月


研究を始めたのは何故ですか?

研究を始めたきっかけを教えて下さい。
視能訓練士として大学病院に就職し、そこで弱視斜視の臨床研究に取り組んだのが始まりです。大学病院では、眼科学の教授をはじめ、眼科医師、ベテラン視能訓練士の方々の下で研究テーマの選び方から学会でのプレゼンテーションの方法まで研究の基礎を学びました。厳しいことも沢山ありましたが、今ではこの経験が私にとって大変大きな財産となっています。
研究を続けていくうえで大事にしていることは何ですか。
身近なことに目を向け、今まで培ってきた人間関係を大切にし、様々な方の声に耳を傾けることで、研究に取り組むきっかけが生れます。常になぜだろうかと思いながら、時代の流れに乗り、探求心をいつまでも持ち続けることが大切だと思っています。

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